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広島地方裁判所 昭和58年(ワ)381号 判決

原告

早川正明

原告

松江和男

右両名訴訟代理人弁護士

外山佳昌

大森鋼三郎

被告

日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長

杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士

水上益雄

平井二郎

秋山昭八

右代理人

福田隆司

周藤雅宏

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告らが被告に対し、それぞれ雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告早川正明に対し、昭和五八年一月一日以降、毎月二〇日限り一か月金二二万七六〇〇円の割合による金員を、原告松江和男に対し、昭和五八年五月一日以降、毎月二〇日限り一か月金二一万二六三〇円の割合による金員をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

(1) 請求の趣旨第1項の訴えを却下する。

(2) 右訴えに関する訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案の答弁)

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  当事者

(一) 被告は、日本国有鉄道改革法(以下、「国鉄改革法」という)附則二項により廃止される前の日本国有鉄道法(以下、「日鉄法」という)に基づいて設立された公共企業体であり、国鉄改革法一五条、日本国有鉄道清算事業団法九条一項及び同法附則二条により、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道清算事業団へと移行した(以下、清算事業団に移行する前の被告を便宜「国鉄」ということがある)。

(二) 原告早川正明(以下、「原告早川」という)は、昭和三四年七月一日、被告職員として雇用され、昭和五七年一二月当時、広島鉄道管理局広島運転所の車両検査係の職にあった者、原告松江和男(以下、「原告松江」という)は、昭和三三年四月、被告職員として雇用され、昭和五八年四月当時、中国地方自動車局岩国自動車営業所周防広瀬派出所営業係の職にあった者である。

2  被告は、原告早川につき、昭和五七年一二月五日以降、原告松江につき昭和五八年四月二五日以降、それぞれ被告職員としての地位を失ったものとして取り扱っている。

3  原告早川は、昭和五七年一二月当時、月額金二二万七六〇〇円の賃金の支給を受け、原告松江は、昭和五八年四月当時、月額金二一万二六三〇円の賃金の支給を受けていた。

4  よって、原告らは被告に対し、それぞれ雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認、及び、原告早川は昭和五八年一月一日以降、毎月二〇日限り一か月金二二万七六〇〇円の割合による未払い賃金、原告松江は昭和五八年五月一日以降、毎月二〇日限り一か月金二一万二六三〇円の割合による未払い賃金の支払いを求める。

二  本案前の答弁の理由

1  原告らは、その主張のとおり、被告の職員であったところ、原告早川は、昭和五七年一二月五日実施された広島県豊田郡本郷町議会議員一般選挙に立候補の届出をし、同月日本郷町選挙管理委員会から当選の告知を受け、原告松江は、昭和五八年四月二四日実施された山口県玖珂郡錦町議会議員一般選挙に立候補の届出をし、同月二五日錦町選挙管理委員会から当選の告知を受けた。

2  日鉄法二六条二項、二〇条一号は、被告の職員は国鉄総裁の承認を得たものでない限り、町議会議員を兼ねて職員であることができない旨規定しているところ、原告らは右各当選の告知の際、国鉄総裁の承認を得たものではなかったから、法律上町議会議員と兼ねて職員であることができないものであった。

3  公職選挙法(昭和五七年法律第八一号による改正後のもの、以下「公選法」という)一〇三条一項は「当選人で、法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者が、第百一条第二項(当選人決定の告知)又は第百一条の二第二項(名簿届出政党等に係る当選人の数及び当選人の決定の告知)の規定により当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす」と規定しているから、原告らは右規定により、右各当選の告知を受けた日に被告の職員を辞したものとみなされることとなったものである。

4  右のとおり原告らの各辞職は、法律の規定によって生じたものであり、法律によってみなされた事項については、反証の余地がなく、みなされた効果は絶対的に発生するものであって、法律上これを覆す手段はおよそ存在しないのであるから、右効果を否定し、原告らの被告の職員たる地位がなお存在することの確認を求める本訴請求は、確認しえない事項について確認を求めようとするものであって、裁判上実現の不能な事項を求めるものというべく、不適法であり、これを却下すべきである。

三  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実を全部認める。

四  抗弁

1  本案前の答弁の理由1のとおり。

2  同2及び3のとおり。

五  抗弁に対する原告らの認否

抗弁1の事実を認め、同2及び3は争う。

六  原告らの主張(略)

七  原告らの主張に対する認否及び被告の反論(略)

第三証拠(略)

理由

一  本案前の答弁について

被告は、原告らが、いずれも公選法一〇三条一項の規定により、職を辞したものとみなされるとしたうえ、法律の規定によってみなされた事項については、反証の余地がなく、みなされた効果は絶対的に発生するものであって、法律上これを覆す手段はおよそ存在しないのであるから、本訴請求のうち、右効果を否定し原告らの被告の職員たる地位がなお存在することの確認を求める各請求は、確認しえない事項について確認を求めるものであって、裁判上実現の不能な事項を訴求するものであるから、不適法である旨主張する。

しかしながら、原告らの請求の趣旨1項は、その主張された内容自体がこれを事実上または法律上実現することが不可能なものということはできず、原告らが公選法一〇三条一項の規定により国鉄職員の職を辞職したものとみなされるという法的効果が生じているか否かが、本件の争点であって、これは裁判所が国鉄総裁の承認の有無、公選法、日鉄法その他の法律の解釈適用によって終極的に解決しうる事項であるから、裁判所の判断を妨げるべき事情は何ら存在しないものというべきである。したがって、被告の本案前の答弁は失当である。

二  争いのない事実

請求原因1ないし3の事実及び抗弁1の事実、すなわち、被告は日鉄法に基づいて設立された公共企業体であり、昭和六二年四月一日に日本国有鉄道清算事業団へ移行したこと、原告早川は、昭和三四年七月一日に被告職員として雇用され、昭和五七年一二月当時、広島鉄道管理局広島運転所の車両検査係の職にあり、月額金二二万七六〇〇円の賃金の支給を受けており、原告松江は、昭和三三年四月に被告職員として雇用され、昭和五八年四月当時、中国地方自動車局岩国自動車営業所周防広瀬派出所営業係の職にあり、月額金二一万二六三〇円の賃金の支給を受けていたこと、原告早川は、昭和五七年一二月五日に実施された本郷町議会議員選挙に立候補し、同日、同町選挙管理委員会から当選の告知を受け、原告松江は、昭和五八年四月二四日に実施された錦町議会議員選挙に立候補し、同月二五日、同町選挙管理委員会から当選の告知を受けたこと、及び被告が原告らに対し、右各当選の告知の日以降、それぞれ被告職員たる地位を失ったものとして取り扱っていること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

三  公選法一〇三条一項による原告らの失職の効果について

1  日鉄法二六条二項の改正経緯並びに国鉄の兼職承認の取り扱い等

当事者間に争いのない事実に、(証拠略)並びに公知の事実を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一)  昭和二九年に改正される前の日鉄法二六条二項においては、町村議会議員を除き地方公共団体の議会の議員は国鉄の職員であることができない旨規定されていたが、昭和二八年七月二九日の第一六回国会参議院運輸委員会において市議会議員についても国鉄職員との兼職を認めるべきである旨の改正案が議員から発議提出され、この改正案は同月三〇日、同委員会において、市町村議員は、総裁の承認を得た場合には国鉄職員との兼職が認められる旨の修正案の提出を経て可決され、昭和二九年一二月三日の第二〇回国会衆議院運輸委員会における審議を経て、「第二十条第一号に該当する者は、職員であることができない。但し、市(特別区を含む)町村の議会の議員であるもので総裁の承認を得たものについては、この限りでない」とする改正案が成立し(同年法律第二二五号)、施行された。

(二)  国鉄は、昭和三九年一二月一〇日総秘達第三号をもって、「公職との兼職基準規程」を定めた。右規定には、「職員が公職の候補者に立候補した場合は、すみやかに立候補届を所属長に提出しなければならない」(第三条)、「市町村の議会の議員に当選した職員のうち、兼職を希望する者は、直ちに所属長に兼職の承認願を提出し、その承認を受けなければならない」(第五条)、「前条に規定する承認願の提出を受けた所属長は、現場長その他これに準ずる一人一職にある者又は業務遂行に著しい支障があると認めたときは、その承認をしてはならない」(第六条)との各定めがおかれた。

(三)  国鉄は、昭和五一年四月七日付総裁室秘書課長名の事務連絡により、当分の間、兼職の承認の可否については、兼職願の提出を受けた各所属長が、その都度総裁室秘書課長と合議をしたうえで決定することとした。また、国鉄は、昭和五五年一二月一一日付総秘第七三九号(通達)により兼職の承認は、原則として一年間の期限を限ってすることとし、その間公務を理由とする欠勤が頻回にわたるなど業務支障があった場合には、所属長は勤務の改善を求めるものとし、改善の実があがらないときは承認期間を更新しない取り扱いとした。

(四)  臨時行政調査会は、昭和五七年七月三〇日、「行政改革に関する第三次答申」を出し、右答申の中で国鉄に対する基本的考え方として以下のような指摘をした。すなわち、国鉄は、昭和三九年度に欠損を生じて以来、その経営状態は悪化の一途をたどり、昭和五五年度にはついに一兆円を超える欠損となり、その経営状態は危機的状態を通り越して破産状況に至っており、国鉄の膨大な赤字はいずれ国民の負担となることから、国鉄経営の健全化を図ることは国家的急務である。しかし、数次にわたる再建計画がいずれも中途で挫折した経緯からすれば、国鉄経営の健全化は極めて困難であり、そのためには、〈1〉経営者が責任を自覚してそれにふさわしい経営権限を確保し、企業意識に徹して難局の打開に立ち向かうこと、〈2〉職場規律を確立し、個々の職員が経営の現状を認識し、最大限の生産性を上げること、〈3〉政治や地域住民の過大な要求等、外部の介入を排除すること、以上が国鉄にとって最も必要だが、これらは単なる現行公社制度の手直しとか、個別の合理化計画では実現できず、公社制度そのものを抜本的に改め、責任ある経営、効率的経営を行いうる仕組みとして分割・民営化を早急に行うべきものとした。そして、右答申は、国鉄が分割・民営化により新形態に移行するまでの間緊急にとるべき措置として一一項目を示し、そのうち一項目として、兼職議員については、今後認めないこととすることを挙げた。

右答申の趣旨に沿って、昭和五七年九月二四日、「日本国有鉄道の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策について」と題する閣議決定がなされ、国鉄経営の危機的状況に鑑み緊急に講ずべき対策として一〇項目を掲げ、その一つにも、兼職議員については当面認めないこととすることが挙げられた。

国鉄は、このような経緯に鑑み、右閣議決定に先立つ昭和五七年九月一三日、総裁室秘書課長名の総秘第六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて」と題する通達により、昭和五七年一一月一日以降、新たに又は改選により、公職の議席を得た者に対しては兼職の承認は行わないこととした。

2  原告らの兼職に関する国鉄の取扱い

当事者間に争いのない事実に、(証拠略)を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一)(1)  原告早川は、過去昭和四九年一二月七日及び昭和五三年一二月三日に各実施された本郷町議会議員選挙に立候補して当選し、日鉄法二六条二項但書が定める国鉄総裁の兼職承認を受けて、昭和四九年一二月一〇日から昭和五七年一二月九日までの間、二期にわたり、本郷町議会議員を兼職してきた。

(2)  原告早川は、昭和五七年一二月五日実施された本郷町議会議員の選挙に立候補し、その旨国鉄に対し届出たところ、国鉄は、前記総秘第六六六号に基づき、原告早川に対して広島鉄道管理局長名による同年一一月二二日付文書をもって、議員兼職の承認はできず、原告早川が右選挙に当選した場合には国鉄職員としての身分を失う旨通知した。

(3)  原告早川は、昭和五七年一二月五日、本郷町選挙管理委員会から当選の告知を受けた後、議員との兼職の承認願を広島鉄道管理局長宛提出したが、国鉄当局は、右承認をすることなく、右当選の告知を受けた日以降、原告早川が被告職員としての地位を失ったものとして取り扱っている。

(二)(1)  原告松江は、過去昭和五四年四月二二日に実施された錦町議会議員選挙に立候補して当選し、日鉄法二六条二項但書が定める国鉄総裁の兼職承認を受けて、同年五月一日から昭和五八年四月三〇日までの一期の間、錦町議会議員を兼職してきた。

(2)  原告松江は、昭和五八年四月二四日実施された錦町議会議員の選挙に立候補し、その旨国鉄に対し届出たところ、国鉄は、前記総秘第六六六号に基づき、原告松江に対して中国地方自動車局長名による同年四月一九日付文書をもって、議員兼職の承認はできず、原告松江が右選挙に当選した場合には国鉄職員としての身分を失う旨通知した。

(3)  原告松江は、昭和五八年四月二五日、錦町選挙管理委員会から当選の告知を受けた後、議員との兼職の承認願を中国地方自動車局長宛提出したが、国鉄当局は、右承認をすることなく、右当選の告知を受けた日以降、原告松江が被告職員としての地位を失ったものとして取り扱っている。

3  日鉄法二六条二項但書該当事案における公選法一〇三条一項の適用の可否

(一)  原告らは、公選法一〇三条一項は、法律により当該選挙にかかわる議員又は長と兼ねることができない職にある者が、同法一〇二条一項により当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす旨定めているが、右規定は、兼職を禁止される議員等の範囲が法律上明確であって、兼職が一律機械的に禁止されている場合を前提として適用されるものであるところ、国鉄職員が市町村議会議員に当選した場合には日鉄法二六条二項但書により兼職について国鉄総裁の承認がなされれば、兼職禁止が解除され、また当選の告知を受けた後日であっても総裁の兼職の承認がなされれば職を失わないことが明らかであるから、公選法一〇三条一項を適用すべき前提を欠く旨主張する。

しかしながら、公選法一〇三条一項の「法律の定めるところにより」とある規定の趣旨を、法律により一律機械的に兼職が禁止された場合に限るとし、その場合にのみ同項の適用があるとする原告らの主張は根拠がなく採用できない。また、日鉄法二六条二項は、国鉄の職員は、国鉄総裁の承認を受けない限り当該選挙にかかる議員の職を兼ねることができない旨を明確に規定しているものであって、右規定をもって国鉄総裁の兼職の不承認をまって初めて失職の効果が生ずる旨を定めたものであると解することができないことは後述のとおりであるから、日鉄法二六条二項の規定が公選法一〇三条一項にいう「法律の定め」に該当することに疑問の余地はないものといわねばならない。

原告らが公選法非適用説に立った上で、その根拠として挙げる他の主張についても、以下に述べるとおり、失当ないしは根拠とするに不十分である。

(二)  まず、原告らは、繰上補充当選(公選法一〇三条二項)の場合を例にとり、仮に公選法適用説によったとしても、公選法一〇三条二項の適用に関しては、国鉄職員であって市町村議会議員の繰上補充の当選の告知を受けた者は、右告知後五日以内に国鉄総裁から兼職の承認を得れば、法律による兼職禁止が解除されたこととなり、辞職届出をしなくても当選を失わないものとなるところ、ことは当選の効力にかかわる問題である以上、国鉄総裁の承認のあったことを明瞭に確認する手段を定めておく必要があるにもかかわらず、公選法一〇三条二項がこの点について何らの規定もおいていないのは、立法者が、国鉄職員が市町村議会議員に当選した場合においては、公選法一〇三条の適用をおよそ予定していないことを端的に示すものであると主張する。

しかしながら、後述するように、国鉄職員が市町村議会議員に当選した場合においては、国鉄職員は、予め当選を条件とする国鉄総裁の兼職承認を得ているのでなければ、公選法一〇三条一項の適用により、当選の告知を受けた時に職を辞したものとみなされるのであるから、当選の告知後に兼職の承認を得る余地はなく、また、事前の条件付き承認を得ていれば、その時点で日鉄法二六条二項の規定により禁止された「兼ねることができない職に在るもの」には当たらないものとなり、もはや公選法一〇三条二項の適用の余地はないから、原告らの主張する確認手段は不要であり、右確認手段に関する規定の不存在をもって公選法非適用説の根拠とするには足りない。

(三)  さらに原告らは、従前の国鉄における兼職承認手続は、公選法非適用説を前提としてその運用がなされていた旨主張するが、後記4(三)(5)記載のとおり、従前の国鉄における運用が公選法適用説ないし自動失職説と相容れないものとは解されないし、右運用が強行規定である公選法一〇三条一項及び日鉄法二六条二項についての前記解釈を左右するものではない。

4  原告らの失職の効果の発生時

(一)  公選法一〇三条は、一項において、当選人で法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職にある者が当選の告知を受けたときは、その日にその職を辞したものとみなし、二項において、法律で兼職を禁止された職にある者が、当選人の更正決定や繰上補充によって当選の告知を受けたときは、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会に対し、その告知を受けた日から五日以内にその職を辞した旨の届出をしないときは、その当選を失うとしている。

右規定は、議員に当選した者が法律上兼職を禁止された職にある場合においては、違法な兼職状態を容認したのでは、公職への職務の専念が妨げられることから、右のような兼職状態が生ずることは、これを防止する趣旨に基づくものであり、かつその際公職としての地位と兼職を禁止された職にある地位とのいずれを失わせるかについては、兼職を禁止された職にありながら立候補した以上は、当選人の意思としては並立しえない両職のうち議員の職を選択するのが一般であると考えられることから、当選人の個別的意思如何にかかわらず、当選の告知の日に一律に従前の職を失うものとすることを原則とし(一項)、他方、選挙後相当の期間が経過した後になされる更正決定や繰上補充による当選の場合には、右の一般論は必ずしも妥当せず、当選人が現職に留まることを希望するときにはその意思を尊重することも無理からぬものでありうることから、五日の期限を限っていずれかを選択させるとしたものというべきである(二項。但し、前記公選法の趣旨からすれば、この場合でも兼職を禁止された職を辞した旨の届出をするまでは議員たる地位は取得しないものというべきであり、同項が両職の一時的な併存状態を容認する規定と解することはできない)。

(二)  ところで、前記3のとおり、国鉄職員が市町村議会議員に当選した場合にも公選法一〇三条一項の適用があると解すべきであるところ、日鉄法二六条二項及び公選法一〇三条一項の文言に即して解釈すれば、国鉄職員は、当選の告知を受けた時点において、事前に当選を条件とする国鉄総裁による兼職の承認を得ているものでない限りは、日鉄法二六条二項の規定により兼職を禁止された、公選法一〇三条一項にいう「当該選挙にかかる議員(略)と兼ねることができない職に在る者」に該当するものであるから、同項の規定によって、当選の告知を受けることにより、その日に自動的に国鉄職員たる地位を失うものと解すべきである。

この点につき、原告らは、国鉄職員が市町村議会議員に当選した場合には、総裁の承認があれば兼職の禁止が解除されるのであるから、仮に国鉄職員が市町村議会議員に当選した場合にも公選法一〇三条一項の適用があるとしても、同項による失職の効果は、当選の告知を受けた職員からの兼職の申出に対する国鉄総裁の適法な不承認があってはじめて生ずるものであるとする不承認失職説を主張する。

しかしながら、日鉄法二六条二項は、本文において市町村議会の議員についても国鉄職員との兼職禁止を原則とし、但書で例外的に国鉄総裁の兼職承認があった場合には兼職禁止が解除される旨を規定しているのであり、右条文の構造からすれば、同項は国鉄総裁の承認を兼職禁止状態を解除するための積極要件として位置づけていることは明らかであるから、当選告知の時点で積極的な兼職の承認が得られていない限りは、公選法一〇三条一項による失職の効果が生ずるものというべく、原告ら主張のように不承認があるまではその効果の発生が妨げられるものと解すべき理由はなく、原告らの右主張は失当である。

また、原告ら主張のように、国鉄総裁の兼職の不承認がない限り公選法一〇三条一項による失職の効果が発生しないとすると、仮に国鉄職員が議員当選の告知を受け、その後日になって兼職を不承認とされた場合には、その間は前記公選法が容認しない違法な兼職状態が発生することになるものであるから、右解釈が公選法一〇三条の前記趣旨と合致しないことは明らかであり、この点においても原告らの主張は失当である。

(三)  原告らは不承認失職説に立ったうえで、その根拠を他にも主張するところであるが、いずれも以下に述べるとおり失当ないしは根拠とするに不十分であり、採用の限りでない。

(1) 労基法七条の趣旨について

原告らは、自動失職説は労基法七条の趣旨と抵触するものである旨主張する。

しかしながら、労基法七条は、労働者が公民権を行使するために必要な時間について使用者に職務専念義務を免除すべき旨を命じているにとどまり、同条が使用者に公民権の行使に伴う業務阻害を受忍すべき義務を課しているのは、選挙権の行使又はこれに類するような一時的な公務の遂行から通常生ずる程度の業務阻害についてであると解すべきであるから、それ以上に市町村議会の議員として相当な活動をすることが予想される場合には、国鉄総裁が合理的な裁量判断により兼職を承認しないとしても、そのことが、直ちに労基法七条に違反するものではない。

もっとも、国鉄における労使関係においても憲法及び労基法の趣旨は尊重されるべきであり、国鉄総裁が日鉄法二六条二項但書により国鉄職員と市町村議会議員との兼職を承認するにあたっても、国民の参政権を保障する趣旨で設けられた同法七条の規定の趣旨を尊重しつつ判断すべきことはいうまでもないが、基幹的交通機関を提供するという国鉄の業務の公共性にてらせば、日鉄法二六条二項を、その明文に即して、原則として兼職は禁止され、国鉄総裁の承認を条件として右禁止が解除されるものと解することが、労基法七条の趣旨に反し国鉄職員の参政権を不当に侵害するものということはできない。

(2) 日鉄法二六条二項の改正趣旨について

原告らは、日鉄法二六条二項但書の改正趣旨からすれば、業務上支障のない場合には国鉄総裁は兼職を承認すべきであることが、当然の前提とされているものであるから、不承認失職説が正当である旨主張する。

しかしながら、前記三1(一)認定の日鉄法二六条二項の制定経緯並びに(証拠略)によれば、日鉄法二六条二項但書は、国鉄職員については町村議会議員との兼職を許容しながら市議会議員との兼職を一律に禁止していた従前の規定を、他公社職員との均衡や、市部と町村部とでは行政区域としてさほど取り扱いに差異を設けるべきでないこと等を考慮して、市議会議員との兼職についても認めることとし、但し市町村議会議員との兼職を無条件で許容したのでは、国鉄の業務運営上支障が生ずるおそれがあるため、法文上も、国鉄総裁の承認を兼職を認めるための条件として明記すべく改正したものであることが認められる。もっとも、前記三1(一)の認定に供した証拠に前記証拠によると、昭和二八年七月三〇日実施の第一六回国会参議院運輸委員会の審議において、提案議員から、兼職を認めるについては国鉄総裁の承認を条件とするとしても、業務上の支障がない場合には当然に総裁は承認しなければならないことを前提とした質問がなされ、これに対して右趣旨を了解していることを前提とした政府委員の答弁がなされていること、また、昭和二九年一二月三日実施の第二〇回国会衆議院運輸委員会においても兼職が国鉄業務に及ぼす影響につき質疑され、さらに、国鉄総裁の承認は国鉄職員が議員に当選した後になされても差し支えないと解すべきである旨の提案議員の質問に対し、委員がそれに賛同する趣旨の答弁をし、また他の委員が総裁の承認はむしろ当選後になされることが望ましい旨発言していることも認められるところではある。しかしながら、右各審議中にされた提案議員や委員の発言は、いずれも改正後の日鉄法二六条二項の運用に関する見解を述べたものにすぎず、それが直ちに日鉄法二六条二項の立法趣旨となるものとは解されないものというべきであり、右事実をもって日鉄法二六条二項但書の趣旨を原告ら主張のように解釈すべき根拠とすることはできない。

(3) 日鉄法二六条二項の文理解釈について

原告らは、日鉄法二六条二項但書は「議員である者」という表現を用いており、「議員となる者」とは規定していないことから、右但書は議員への当選が国鉄総裁の承認に先行することを前提とするものであると主張するが、右文言は、同項本文の「第二十条第一号に該当する者」の中から市町村議会の議員を取り出すための表現であるにすぎず、既に議員となっているという時制まで定めたものとは解せないから、原告らの右主張は失当である。

(4) 民間労働者や他公社職員との不合理な差別、並びに承認制を採用したこととの矛盾の有無について

民間企業の従業員について、地方議会議員に当選したことのみを理由として解雇することは許されず、また、民営化前の他公社職員についても、法律上、専売公社職員は地方議員のみならず国会議員との兼職も禁止されておらず、電電公社職員も市町村議会議員との兼職は禁止されていなかったことは原告主張のとおりである。

しかしながら、国鉄の場合その業務は民間企業たる私鉄のそれとは異なり、国民の負担の下に全国的な規模にわたって基幹的交通機関である鉄道業務等を公共性を維持しつつ運営する任務を有していたものであり、また、公共企業体という点においては共通する他公社との関係でも、その業務内容、勤務形態、公共性及び職員の職務専念義務には自ずと差異があるのであるから、民間企業や他公社の労働者との間に法律上の取り扱いの差異を設けても、これを不合理な差別ということはできない。また、右国鉄の職務の特殊性を考慮して、日鉄法二六条二項の規定を国鉄職員と市町村議会議員との兼職を原則として禁止することとし、国鉄総裁の承認を要件として兼職禁止を解除することとしたものと解することには、合理性があるというべきであるし、右解釈が、国鉄総裁の承認制を無にするものでないことはいうまでもない。

(5) 国鉄の従来の解釈及び運用について

原告らは、国鉄における従前の日鉄法二六条二項ないし公選法一〇三条一項の解釈及び運用が、不承認失職説を前提としてなされてきた旨主張する。

確かに、前記一(二)認定のとおり、国鉄の内部規程である兼職基準規程(昭和三九年総秘達第三号)は、その五条で「市町村の議会の議員に当選した職員のうち、兼職を希望する者は、直ちに所属長に兼職の承認願を提出し、その承認を受けなければならない」と定め、六条では「前条に規定する承認願の提出を受けた所属長は、現場長その他これに準ずる一人一職にある者又は業務遂行に著しい支障があると認めたときは、その承認をしてはならない」と定め、いずれも兼職の承認が国鉄職員が議員に当選した後になされることを前提としているものと解釈できる規定をおいており、また、当事者間に争いのない事実に(証拠略)を総合すれば、従前国鉄においては、実際上も、兼職承認は当選の告知から早くて一週間ないし一か月を要し、また、承認申請から数か月後になされた事例も存在したことが認められるものであって、これら事実からすれば、従前の国鉄における法の解釈及び運用が、総裁の兼職不承認がなされてはじめて国鉄職員を失職するとの理解のもとになされていたとみる余地も存するところではある。

しかしながら、日鉄法二六条二項及び公選法一〇三条一項はいずれも強行規定であり、仮に従前の国鉄における解釈ないし運用が原告ら主張のとおりであったとしても、右事実が両規定に関する前記(一)及び(二)の解釈を左右するものではないし、また、従前の国鉄における解釈及び運用についても、それが必ずしも原告らが主張するように自動的失職説と矛盾するとはいえない。

すなわち、前記兼職基準規程三条には「職員か公職の候補者に立候補した場合は、すみやかに立候補届を所属長に提出しなければならない」との定めがおかれているものであるから、国鉄職員が市町村議会議員に立候補したときは、その立候補届の提出を受けること等により、当該職員の所属長は、総裁に代わって、当該職員の立候補の意思を知り、当該職員の兼職を承認することが適当であるかどうかを職員の当選前に判断することが可能であったというべきであるところ、昭和五七年九月一三日「公職との兼職に係る取扱いについて(通達)」(総秘第六六六号)が発せられる以前においては、国鉄職員に対する兼職の承認が拒まれることがなかったのが殆どの実情であり、したがって当選後の兼職承認願の提出に対して不承認の通知を受けた例も存在しなかったことからすれば、予め明示的な内示の方法か、あるいは特段の意思表示をしないことによる黙示の方法により、当選を条件とする兼職の承認をすることが可能であったものであり、またそれを当該職員において了知しうる状況にあったというべきであるから、右のような運用により当選前の兼職の承認がなされていたものということができるのである。もっとも、これとは別に、当選後、書面により、当該職員の兼職承認願の提出及びこれに対する総裁の兼職の承認が、事後的な手続として行われていたものであり、これは自動失職説からすればいささか杜撰な運用であることは否定できず、したがって兼職の承認がなされるのが通例であった従前の状況の下においてのみ、法解釈上も許容できたものというべきである。

なお、成立に争いのない(証拠略)によれば、日本国有鉄道法研究会の著した「日鉄法解説」(昭和四八年刊行)には、「市町村議会の議員については、当選の告知をもって、当然失職とはならず、総裁が兼職の承認の申出を不承認としたためとか、あるいは、その他の理由で本人の退職の申出により、退職の発令をしてはじめて失職するものと解される」との、不承認失職説に立った記述があるが、右は私的な研究会の見解にすぎないし、国鉄職員の失職の効果に関する前記解釈を左右するものではないことはいうまでもない。

5  兼職を承認しないこととした措置の違法性の有無について

(一)  前記4のとおり、国鉄職員が市町村議会議員に立候補したときは、事前に国鉄総裁により当選を条件とする兼職の承認を得ていない以上は、議員当選の告知を受けた日に国鉄職員たる地位を失うものと解すべきであるから、仮に国鉄総裁が承認しなかったことが違法かつ無効であったとしても、それが承認という効果を発生させるものではないというべきである。

(二)  また、本件において原告らに対し兼職承認をしないこととした国鉄総裁の措置についても検討することとするが、以下に述べるとおりそれが原告ら主張のごとく違法なものとは認められないのであるから、この点においても原告らの主張は理由がない。

すなわち、日鉄法二六条二項但書その他の法文においては、国鉄総裁が兼職を承認すべき要件を何ら掲げてはいないのであり、兼職承認をするか否かの判断は国鉄総裁の自由な裁量に委ねられているものというべきであるから、国鉄総裁は、兼職を承認するにあたっては、兼職承認を希望する当該職員が市町村議会議員の地位についたことに伴う個別具体的な国鉄業務への影響のみならず、その当時における国鉄の経営状態や社会情勢等の諸般の事情を総合考慮して、合理的な裁量権を行使して承認の可否を決することができたものと解すべきである。

もっとも、右のとおり国鉄総裁に裁量権が認められるとしても、それは全くの恣意に委ねられているものではないから、合理的な裁量権の範囲を逸脱して裁量権の濫用にあたる場合には、それが違法とされることもありうるところではある。

そこで本件について検討するに、国鉄総裁が原告らに対し兼職を承認しないこととした取扱いは、前記昭和五七年九月一三日付の総秘第六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて」と題する通達に基づくものであるが、当時国鉄は、前記三1認定のとおり極めて切迫した経営危機に直面していたのであるから、国鉄職員に対しても強くその職務に専念することが求められていたものというべきであって、国鉄総裁が右のような事情を考慮したうえで、原告らに対しても兼職を承認しない取り扱いとしたことは、その合理的な裁量権の範囲内に属する判断というべきであり、これが裁量権の濫用であるとの原告らの主張は理由がないものである。

6  国鉄職員たる地位の存在に関する仮定主張について

原告らは、仮に自動失職説によったとしても、国鉄総裁の不承認こそ本来国鉄職員が有する自由に対する重大な制限であるから、総裁が兼職を不承認とするか、承認を与えないことが違法ないし不当である場合には、国鉄職員は承認があったと同様の法的地位を被告に対して取得するものであり、原告らに対する本件不承認は違法・不当なものであることから、自動失職説によったとしても、原告らはなお被告職員たる地位を有していると主張する。

しかしながら、原告に対し兼職を承認しないこととした国鉄総裁の措置が違法ないし不当とはいえないことは前記5認定のとおりであり、また、それをさておくとしても、そもそも国鉄総裁の違法あるいは不当な不承認、ないしは承認しないという不作為と、積極的な承認という作為とは、法的評価としては本来別異に解すべきものであるから、前者の場合に承認があったと同様の法的効果の発生を認めるためには、本来法律上その旨の特別の規定を必要とするものというべきであるところ、右のような規定は存在しないものであるから、それにもかかわらず、原告ら主張のように解することは、明らかに前記公選法一〇三条一項及び日鉄法二六条二項の法文及びその趣旨に反するものというべく採用できない。

7  以上の次第であって、原告らは、いずれも国鉄職員に在職中に町議会議員に立候補し、原告早川は、昭和五七年一二月五日、本郷町選挙管理委員会から本郷町議会議員選挙についての当選の告知を受け、原告松江は昭和五八年四月二五日、錦町選挙管理委員会から錦町議会議員選挙についての当選の告知を受けたところ、原告らが右各当選告知の日までに国鉄総裁から兼職の承認を受けた事実はないのであるから、公選法一〇三条一項、日鉄法二六条二項により、右各当選告知の日をもって、それぞれ被告職員としての地位を失ったものというべきである。

四  結論

よって、原告らの本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも失当であるから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北村恬夫 裁判官 佐々木直人 裁判官前川豪志は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 北村恬夫)

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